「アル」


かしゃんとアルが顔を上げた。彼はいまどんな気持ちでいるのだろうか。泣きたい?笑いたい?怒っている?生きたい、死にたい?わかるはずもない。他人の気持ちなんてわからない。だってわたしは、自分の気持ちすらも正しく理解できない。愛おしいと思った分だけ、加虐心が生まれる。笑顔を見ると泣きたくなる。辛そうな顔を見ていると少し笑いたくなる。しかしそのどれにも当てはめることのできない彼に、わたしは戸惑っているのかもしれない。嗚呼、死にたいのはわたしのほうだ。


「ごめんなさい、アル」

「どうしてが謝るの?」

「同情、なんかじゃ、ないのよ」


かしゃん、とまた少し、彼の体が動いた。頭の良い彼は、要領の悪いわたしの発言の意図を理解してくれただろうか?うまく思っていることを伝えるには、どうしたらいいのだろう。たくさん勉強したって、相手の心がわかるようにはなれない。本当に知りたいことこそ、誰も教えてはくれない(このきもちのなまえとか)。


、もういいよ」

「ごめん、ね、アル」



「わたしはアルのこと、すき、だよ」

、」


アルがわたしを、少し大きな声で呼んだ。顔をあげると、アルがまっすぐにわたしを見ていた。変わらない表情、うるまない目元、微笑まない口、あるのはやさしげな声だけ。なぜかしら、輪郭が少し歪んで見える。


、もういい。いいんだ」


そう言って彼は大きな手でわたしの頬に触れる。日の光をたくさん浴びて温まった彼の手は、決して体温ではない。彼の温度ではない温かい手が、わたしの頬の上の何かを拭う。歪んだ彼の輪郭がわたしの嗚咽とともに溶け出してしまいますように。叶いもしない願いだけが、今日もわたしを動けなくさせる。




触れることすら



出来ずにいた



手の温度