「どうしてそんな顔、していられるの?」 「そんな顔、とは」 「世の中の酸い甘いを知り尽くしたような顔」 彼女がそんな言葉を涙目で訴える理由がわからなかった。ああほら、涙がこぼれてしまうよ、と手で涙を拭おうとしたらその手をぎゅっと握られてぎょっとした。ああ、いつの間にこんなに爪が伸びたんだい?こう伸びてしまっては刃物と同様、皮膚にめり込む爪の感触。 「・・・そんな顔、してますかねえ」 「ねえどうして?」 「どうしてと言われても、」 「そんな顔、して欲しくないのに」 「どうして?」 涙のヴェールのかかった彼女の目、が真っすぐ見据える。だって僕は長く生きた。彼女の10倍、ひょっとしたら20倍生きているかもしれない。まぶたの裏にこびりついて離れない汚い世の中だって見てきた。その代わり、この世のものとは思えない美しい景色も見た。理論はもうたくさんだ。感情だけで生きられたら。そうしてまだ生きる。これから先も、彼女の10倍、20倍生きるのかもしれない。 これは拷問か?それとも罰なのか? 「だってあなたは、今を生きているように見えない」 「、」 「あんたの目は、遠い過去か遠い未来しか見てない」 「いっしょに今を生きて欲しいだけなのに」 手を握り締めていた手が離れて赤い爪あと。彼女の涙を止められる障害物など無く、子供のように泣き叫ぶ彼女の声が部屋に響く。ああ、今すぐここで彼女と心中してしまいたい、と考えている自分に気付いてやはり自分は全く今を生きていなかったのだと思わされる。首を絞める代わりにきつくきつく抱き締めた。 エスケープの |