先生は、どうして先生になろうと思ったんスか?」





英語の居残りプリントを尻目に黄瀬くんはそう言った。ああ、時代はこうして変わって行くのね。私が高校生の頃は、こんなにきれいな男の子はクラスにいなかった。陽の光にキラキラと輝く金髪、片方だけのピアス、高い身長、長い足、そして誰もを魅了する笑顔。彼は自分が愛される武器を持っている。私は今も昔もその武器を持っていない。





「・・・大人になれば、分かるよ」





私は目を逸らしたくなるほどの美しい世界から離れることができなかった。10代の子供たちの世界の全て。学んで、遊んで、恋をして、失うことを知る世界。生徒が主役だと解っていても、教師なんて脇役にも満たないと解っていても、私はその世界から離れられなかった。虚しい。こんなの自慰行為だ。大人になった瞬間なんてどこにもなかったのに私はいつの間にか子供じゃなくなってた。





「・・・大人はいつもそうやって言うっスね」





ああ、私は汚い世界が恐ろしくて逃げているんだ。そこに自分が所属してしまうことが恐ろしい。「もう子供じゃないんだから」って言われてもまだどこかに美しい永遠の世界があることを期待してしまう。わかりきった嘘を簡単に使ったり、理不尽から目を逸らす大人の世界に私はいつ踏み込んでしまったの?美しいものだけの世界にいたい。私はいつ、「大人になれば分かる」なんて言葉が使えるようになってしまったの?





「せんせい、・・・泣いてるの?」





出会う生徒の全てに「そのまま美しいままでいて」と願っている。肉体も精神も成長しきらない、知らないことがたくさんあるままの貴方たちはとても美しい。とても儚い。私にはまだ「大人になる」ということの本当の意味が分からない。多くの事を知って、汚い部分も飲み込んで、それでも綺麗に微笑むことができる大人たちを美しいと思えない。私だってこのまま何も武器を持たずに醜く老いて死んでいくだけ。愛されるあなたがうらやましい。美しいあなたがうらやましい。私は今も昔もその世界に所属していない。
私は学校という箱庭を恨めしく眺めるだけの醜い大人だ。








恐るべき大人達








(20121214)